ashita text

野蛮に現在のテキストを積み重ね

千葉でミニムな言葉を投げあった

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 週末。正午。千葉県某駅。蒸し暑い駅の待合室で二十代後半くらいのアジア系男女に道を尋ねられた。なにを言っているのか分からないが、おそらくわかりやすいようにたどたどしい英語で話しかけているのだろう、それは分かった。しばらく聞いていると場所を訪ねているようだ。でもそれ以上のことは分からない……。油断するとお互いよく知る母語で話しているような、指一本ひっかかった程度のコミュニケーション。こういうときは焦らずに、ゆっくり話を聞く。

「(なにか言っているが文字にできない)……ミサト! (そしてまたなにか言っているが文字にできない…)……ミサト!」

「ミサト」だけは聞き取れた。おそらく地名のことを言っているようだ。意訳すると(ほぼ雰囲気だけで把握すると)知り合いがいるミサトへいきたいがどう行けばいいのか分からない。そういうことなんだろう。とにかく、iPhoneで「みさと」とひらがな3文字で検索。すぐ埼玉三郷市の地図が出た。ここへ行きたいのか。

「ディス? ミサト?」

「ノー、チバ! ミサト! チバ!」

 千葉県にそんな場所はない。埼玉県でも千葉に近い場所にあるのでまちがっているのではないだろうか。もしかして店の名前とかそういうことなのだろうか。猛暑の空気がときどき待合室に入りこんでくる。ジリジリとした空間。なかなか通じないカタコト英語。ふと、相手がスマホを出してきた。最初から自分のスマホで電話して仲間に聞けばいいのでは? でもよく見るとSIMが国内に対応してないようでネットにつながっていない。過去ログの手がかりだけで電車乗ってたのかよ。成田空港からそのままここに来たのだろう。(実際に成田空港が近くて、頭上を飛行機が飛び交っていた)

 それまでのメッセンジャーやりとりを見せながら、ミサト、ミサト、と訴えている。私のほうに画面を傾け、内容を見せられる。吹き出しの中に「Chiba, Nisato」と書いてある。ミサトじゃなくてニサトだった。

 

ミ→ニ
M→N

 

 ヒとシの区別が付かない江戸弁のような軽い聞き間違い。ただ、ミがニに代わったが「ニサト」という地名を聞いたことがないし漢字でどう書くのだろう? イメージがない。ニサト、ニサト、ニサト、ニサト……。もしかして、ニーサト!? ニーと伸ばすのでは。それなら、「千葉県新里」という地名がある。思わずアジア男性の元へ駆けより、ニーサトヒアヒア!とものすごい発見をしたかのように検索結果を見せつけたのだった。

 新里はここからかなりの距離があった。バス路線がないので。タクシーを呼ぶしかない。「テイク、タクシー、テレフォン、トゥー、ニイサト」とミニマルな言葉で伝える。単語の小石をひとつ拾っては相手に投げつけていった。理解の的に当たったかどうかは運頼みだ。(後でGoogle翻訳を使えばよかったと気づいたが、そのときは小石拾いに必死だった)

 伝わったのか、ふたりは待合室を出て車道の向こう側にある電話ボックスへ向かっていく。ここで、上りの電車が来たので「グッドラック」とか「ユーアーウェルカム」とかなんとか言って私は別れた。

 

 ここ10年近くGoogleマップを活用しているので、意図的でない限り迷子になったことがない。ベネチアの細い迷路のような道もGoogleマップでスイスイ歩き回っていたし、ニューヨークやパリ、ベルリンなど初めて訪れる街も迷わず目的地にたどりつける。はたしてスマホなしで海外行ったら、ニイサトへ行くあの男女みたいに道を尋ねられるだろうか。お互い慣れない言語で、なんとか話して、通じて、目的地へたどり着く。単語のつぶての投げ合い、通じた瞬間のうれしさ。あれを海外で味わうことができるか。私も海外へ行ってコミュニケーションをとってみたくなってしまい、その日の夜、アメリカ行きの航空券を買ってしまった。旅へ出る理由なんてどうにでもなる。

 

 ところであの人たちはタイから新婚旅行に来たのだと私は思い込んでいるが、根拠はない。間違っていようが、それはもはやどうでもいいことだ。